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東京高等裁判所 昭和26年(う)412号 判決

控訴人 被告人 古谷富久男

弁護人 萩原竹治郎 中島武雄

検察官 入戸野行雄関与

主文

本件控訴はこれを棄却する。

当審に於ける未決勾留日数中九十日を被告人が言渡された懲役刑に算入する。

理由

弁護人萩原竹治郎、同中島武雄の控訴趣意は同人等共同作成名義の控訴趣意書と題する末尾添付の書面の通りである。

これに対し当裁判所は左の通り判断する。

第一点一、しかし記録に徴すると所論奥沢彌三郎の鑑定書等について刑訴法第三二一条第四項第三項の手続を経ていないことは所論の通りであるが、被告人及び弁護人が右書面についての証拠調の請求に異議ない旨陳述しているのである。右は刑訴法第三二六条第一項に所謂被告人がこれを証拠とすることに同意したものと解するのが相当である。蓋し本件において裁判所が被告人等に右意見を徴したのは刑訴法第三二一条によつて原則的に証拠能力を制限せられた書面を同条第四項第三項の手続を経ないでそのまま書面として証拠能力を附与することについて同意するや否やの意見を求めたものと解せられるから、それに対し被告人及び弁護人が異議ない旨陳述すれば、それは即ち刑訴法第三二六条第一項の同意ありしものと認むべきである。勿論原審が検察官の右鑑定書の取調の請求に対し刑訴規則第一九〇条第二項の規定に従い、相手方又はその弁護人の意見を聴いたのであるが、これと同時にこれを証拠とすることに同意するか、どうかについても、その意思表示を求めたものと解するのが相当である。そして特に同意する旨を明示的に陳述する必要はなく、異議ないと陳述したことにより同意する旨の意思表示を暗黙にしたものと認め得る場合でもよいのである。従つてこれと所見を異にする論旨は採用できない。論旨理由ないものである。

二、しかし奈良谷守久の検事に対し前になした供述調書を書証として使用しうるための刑訴法第三二一条第一項第二号の条件が充たされていなかつたとしても検察官の右書証の取調請求について被告人及び弁護人の異議ない旨の陳述は同法第三二六条所謂同意と認めるのが相当であるから、かかる陳述あるにより該供述調書を証拠として採用しうることは前掲一、に於てなした説明と同一であるからこれによつて了解されたい。論旨は理由がない。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 石井文治 判事 鈴木勇)

弁護人の控訴趣意

第一点原判決は、適法な証拠調をしない違法な証拠を断罪の資に供した違法があるから破棄すべきものと考える。

一、原判決は判示事実認定の証拠の一として、国家地方警察神奈川県本部刑事部鑑識課技官奥沢彌三郎作成の鑑定書を掲げている。そこで右証拠の証拠調手続を記録によつて調査してみると、次の通りになつている。すなわち、右鑑定書は、原審第二回において検察官より証拠としての取調請求あり、これに対して被告人及び弁護人は異議なき旨陳述し、裁判所はこれを証拠として採用し証拠調手続が行われた。第三回公判は、裁判所の構成に変更があつたため、公判手続の更新が行われたが、その際、検察官から右鑑定書の取調請求あり、被告人及び弁護人は異議なき旨陳述し、裁判所はこれを証拠として採用した。次いで第五回公判は、前同様の理由で公判手続の更新が行われ、検察官から前同様右鑑定書の取調請求があつて、被告人及び弁護人は、前同様異議なき旨陳述し、裁判所はこれを証拠として採用し証拠調手続が行われたのである。

刑事訴訟法(以下刑訴と略称する)上、鑑定書を証拠となし得る場合は、同法第三二一条第四項第三項所定の手続を経た場合と、同法第三二六条の同意があつた場合に限られる。しかるに、原審公判調書によると右鑑定書に関する証拠手続は前示の通りであつて、刑訴第三二一条第四項第三項所定の手続が行われた形跡は全然なく、且同法第三二六条所定の被告人の同意があつたものとも認められない。前者については、説明するまでもないが、後者について一言附加する。検察官の右鑑定書の証拠調請求につき、裁判所が被告人及び弁護人に対して、意見を聴いたところ、被告人及び弁護人は異議がない旨陳述したのであつて、その異議がない旨の陳述が刑訴手続法上何を意味するか必ずしも明かでないが裁判所が意見を求めたのは刑事訴訟規則(以下規則と略称する)第一九〇条第二項に基いてなされたものであるから、異議ない旨の答弁も、意見がないとの意味と解する外はない。或はまた強いて解すれば、被告人及び弁護人は、刑訴第三〇九条所定の異議がないという意味において、規則第一九〇条第二項の意見を陳べたのであろうが。いづれにしても、異議がない旨の陳述は、刑訴第三二六条の同意とは解せられない。何となれば、裁判所が規則第一九〇条第二項の意見を求めたのに対して意見を陳べるのは、単に裁判所が証拠の採否を決定するための参考資料にすぎないのに対して、刑訴第三二六条の同意は積極的に証拠とすることに同意する意味であつて、両者は全然別個であるからである。以上の理由により、前記鑑定書については適法な証拠調が行われていない。

二、次に原判決は、奈良谷守久の検察官に対する供述調書を断罪の資料としている。同書類は、刑訴第三二一条第一項第二号の被告人以外の者の検察官の面前における供述を録取した書面であるから同条項号所定の条件を具備するか或は同法第三二六条の同意がなければ、これを証拠とすることができない。しかるに原審公判調書を見ると、第五回公判において、検察官が証拠としてその取調を請求したのに対して、被告人及び弁護人は異議なき旨述べたのみであつて、同調書が刑訴第三二一条第一項第二号の条件を具備していないことは、奈良谷守久が原審において証人として取調を受けており、且その証言の内容と同人の検察官に対する供述の内容が同様であることによつて明かであり、また被告人及び弁護人の同意のないことも一に述べたと同様である。

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